
「大切な人の最期に、何をしてあげられるだろうか」「医療だけでは救いきれない『心の痛み』にどう向き合えばいいのか」----。
現代の医療現場や介護の現場で、多くの人が直面するこの問いに対し、一つの指針を示しているのが僧侶であり看護師でもある玉置妙憂(たまきみょうゆう)氏です。
玉置妙憂氏は、看護師としての臨床経験を持ちながら、高野山真言宗の僧侶としても活動しています。玉置妙憂氏の活動は、身体的なケア(看護)と精神的なケア(宗教)を融合させた点に特徴があります。
玉置妙憂氏の活動の原点は、夫の看取りにあります。カメラマンであった夫が末期がんを患った際、本人の意向を尊重し、延命治療を行わずに自宅で最期を迎える「自然死(しぜんし)」を支えました。
この経験を通じて、医療が「生かすこと」を目的とする一方で、死に向き合う人間には別の支えが必要であると痛感し、玉置妙憂氏は高野山にて修行を行い、僧侶となりました。このプロセスは、著書『死ぬときに後悔しないこれだけの知恵』等に詳しく記されています。
玉置氏は、布教を目的とせず、公共の場で心のケアにあたる「臨床宗教師」としての教育も受けています。看護師としての医学的知識と、僧侶としての宗教的智慧を併せ持つことで、患者や家族の多層的な苦痛に対応しています。
玉置氏が代表を務める一般社団法人「大慈学苑」は、スピリチュアルケアの普及と実践を目的としています。
玉置氏は、死に直面した人が抱える価値観の揺らぎを「スピリチュアルペイン」と定義し、それに対するケアの重要性を説いています。また、独自の概念として「非公開死(ひこうかいし)」を提唱しています。これは、医療処置を最小限にし、誰の目も気にせず独りで静かに逝くことを「寂しい孤独死」ではなく「自立した最期」として肯定的に捉える考え方です。
玉置氏の経歴で特筆すべきは、成人後のキャリア形成です。法学部を卒業後、専業主婦などを経て、40代で社会人として入試にのぞみ看護学校へ入学し、看護師資格を取得しました。さらに50代で高野山での修行を経て得度しています。この「学び直し」の軌跡は、多くの社会人に影響を与えています。
玉置妙憂氏と大慈学苑の活動は、現代社会が見失いがちな「死の質」と「心の安寧」に焦点を当てています。看護師と僧侶、二つの視点を持つ彼女の言葉は、人生の終末期をどう生きるかという問いに対し、具体的な救いを与えてくれます。