
2025年11月の公開以来、全国のミニシアターや自主上映会で大きな反響を呼んでいるドキュメンタリー映画『医の倫理と戦争』。山本草介監督が描くのは、731部隊の歴史と、その闇を引き継いでしまった現代医学界の姿です。
『医の倫理と戦争』には、日本看護界の重鎮・川嶋みどり氏や、現場の声を届け続ける宮子あずさ氏、そして徳田安春氏や本田宏氏といった、第一線で活躍する医師・専門家が多数出演しています。
山本草介監督が『医の倫理と戦争』に込めたのは、「医療と戦争」が地続きであるという戦慄の現実です。かつて日本軍が組織した731部隊(関東軍防疫給水部)では、エリート医師たちが生体解剖や細菌兵器の開発という非人道的な行為に手を染めました。『医の倫理と戦争』は、その歴史的事実を丹念に掘り起こすだけでなく、戦後それらの医師たちが罪を問われることなく、日本の医学界・薬学界の重職に就いたという「隠蔽された継続性」に鋭いメスを入れています。
なぜ、知識も教養もあるはずの専門家たちが、国家の命に従い、目の前の命を「モノ」として扱ってしまったのか。この問いは、決して過去のものではありません。現代においても、感染症対策、先端医療、そして防衛増税に伴う研究資金の流入など、医療が政治や軍事の波に飲み込まれかねないリスクは常に存在します。山本監督は、過去を直視することこそが、未来の過ちを防ぐ唯一の手段であると提示しています。
戦後、アメリカとの取引により、731部隊のデータは引き換えに戦犯免責の材料とされました。この「倫理なき医学の継承」は、日本の医学教育において倫理が軽視され、組織の論理が優先される土壌を作った一因と言われています。私たちは現在、患者の権利やインフォームド・コンセントを当たり前のものとして享受していますが、その根底にあるジュネーブ宣言やリスボン宣言が、いかに血塗られた教訓の上に成立したかを、『医の倫理と戦争』は強く認識させます。
看護界のレジェンド、川嶋みどり氏(日本看護歴史学会名誉会長)は、『医の倫理と戦争』の中で力強く語ります。看護の本質は、あらゆる人の生命の尊厳を守ることにあります。しかし、戦時下において看護師たちがどのような役割を強いられ、どのような苦悩を抱えたのか。川嶋みどり氏は、技術の進歩の影で、もっとも大切な「患者を人間として見る尊厳」が希薄化している現状に警鐘を鳴らします。
また、現役の看護師でありエッセイストとしても知られる宮子あずさ氏は、現場のリアリティを代弁します。日々の忙しすぎる業務や、組織の効率化を優先するあまり、個々の医療従事者が「考えること」を止めてしまう怖さ。宮子あずさ氏の言葉は、今の看護現場で葛藤する多くの人々に、「立ち止まって問い直す勇気」を与えてくれます。
医療者が政治の道具にされる時、常に犠牲になるのは弱者です。『医の倫理と戦争』の中で強調されるのは、「沈黙は肯定と同じである」というメッセージです。平和でなければ適切な医療は提供できません。看護師が患者一人ひとりと向き合うように、社会全体の正義に対しても誠実であることが、結果として患者の命を守ることに直結するのです。
『医の倫理と戦争』には、医療のあり方を問い続ける著名な医師たちが登場します。徳田安春氏(総合診療医)は、国際的な視点から医療倫理の標準を語り、本田宏氏(外科医)は、日本の医療体制が抱える構造的な矛盾を指摘します。徳田安春氏、本田宏氏らが共通して訴えるのは、医師の職能は国家のためではなく、あくまで病める人のためにあるという原則です。
また、西山勝夫氏(滋賀医科大学名誉教授)は、長年731部隊の公式文書開示を求めて活動してきた第一人者です。西山勝夫氏が収集した証拠の数々は、歴史の闇を否定しようとする勢力に対する揺るぎない事実として、映画の骨格を支えています。
『医の倫理と戦争』を企画した伊藤真美氏は、緩和ケアの第一線で多くの命を看取ってきた医師です。伊藤真美氏がなぜ、自らの資金を投じてまでこの映画を作ろうとしたのか。それは、今もガザやウクライナで命が軽視されている惨状を目の当たりにし、日本の医療従事者が「いつか来た道」を再び歩み始めているのではないかという強い危機感があったからです。彼女の願いは、この映画を通じて「命のバトン」を受け継ぐ次世代が、自らの倫理基準を確立することにあります。
映画『医の倫理と戦争』は、2026年も引き続き全国各地で上映が展開されています。大規模なシネコンではなく、地域のミニシアターや、志を同じくする有志による自主上映会が中心です。これにより、上映後のトークセッションなど、より深い対話の場が生まれています。
【劇場公開スケジュール(2026年1月以降の例)】
・東京:ポレポレ東中野(アンコール上映中)
・富山:ほとり座(2026年1月24日~)
・栃木:宇都宮ヒカリ座(2026年1月30日~)
・長野:長野相生座・ロキシー(2026年1月31日~)
・京都:アップリンク京都(2026年2月6日~)
・大阪:シアターセブン(2026年2月14日~)
・神奈川:横浜シネマリン(2026年3月7日~)
【自主上映会スケジュール】
・東京都港区:2026年2月1日(慈恵医大有志、東京保険医協会主催など)
・長崎県:2026年2月22日(長崎県保険医協会主催)
・埼玉県さいたま市:2026年3月22日(浦和コミュニティセンターなど)
・秋田県秋田市:2026年3月28日(あきた芸術劇場ミルハス)
※スケジュールは変更される可能性があるため、必ず公式サイト「医の倫理と戦争:自主上映会情報」(参考資料参照)を確認してください。チケットの予約や詳細についても、各会場または主催団体へ直接問い合わせるのが確実です。
「二度と繰り返さない」という言葉は簡単ですが、それを実行し続けるには、私たちが自らの「加害性」にも向き合う強さが必要です。映画『医の倫理と戦争』は、単なる歴史の告発映画ではありません。それは、現代の多忙な医療現場で働き、時には心が折れそうになる私たちに、「なぜこの仕事を選んだのか」を問いかけ、勇気づけてくれる羅針盤のような作品です。
医師、看護師、理学療法士、介護職、そして医療を学ぶ学生の皆さん。この映画を通じて、私たちが守るべきものは何か、ぜひ劇場で目撃してください。
Q:医療従事者でなくても楽しめますか?
A:はい。一般の方にとっても、日本の現代史や倫理学として非常に興味深い内容です。「命の尊厳」について考えるすべての人におすすめします。
Q:自主上映会を開催することは可能ですか?
A:可能です。製作配給のシグロでは、地域の学習会や団体での上映希望を受け付けています。公式サイトの問い合わせフォームから相談してみましょう。
Q:731部隊の衝撃的なシーンはありますか?
A:歴史的写真や証言が中心ですが、事実に基づく重い内容が含まれます。しかし、残酷さを強調するのではなく、あくまで「倫理」という対話に重点が置かれています。
参考資料:
・映画『医の倫理と戦争』公式サイト
・『医の倫理と戦争』自主上映会情報ページ(https://inorinri.wordpress.com/自主上映会/)