
「最近、食事中にひどくむせるようになった」「飲み込みづらくて食事が楽しくない......」 そんな悩みを抱える方やそのご家族の間で、いま注目を集めている医師がいます。東京大学医学部附属病院・摂食嚥下センターの上羽瑠美(うえは・るみ)先生です。
喉頭外科のスペシャリストとして、これまで数多くの「嚥下障害(えんげしょうがい)」に向き合ってきた上羽先生。2025年に放送されたTBS『情熱大陸』では、患者さんの「一生口から食べたい」という願いを叶えるために奔走する姿が描かれ、大きな反響を呼びました。
喉頭外科医という言葉を初めて耳にする方も多いかもしれません。私たちの喉(のど)には、呼吸をする、声を出す、そして食べ物を飲み込むという3つの重要な機能が備わっています。上羽瑠美先生は、この喉の構造と機能を熟知し、特に「飲み込む力」が衰えた患者さんを救う専門家です。
上羽瑠美先生は、現在、東京大学医学部附属病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科の講師を務め、同病院の摂食嚥下センターの中核メンバーとして活躍しています。東京大学医学部を卒業後、一貫して耳鼻咽喉科の道を歩み、喉頭科学、特に嚥下機能の回復を専門としてきました。
上羽瑠美先生の治療の場である東大病院摂食嚥下センターは、日本でも有数の高度な医療を提供する専門機関です。そこには、脳卒中の後遺症、パーキンソン病などの神経疾患、あるいは加齢によって「食べること」が困難になった患者さんが全国から集まってきます。上羽瑠美先生先生は、最新の医学的知見に基づき、患者一人ひとりの喉の状態を精密に分析し、最適な治療プログラムを提案しています。
上羽瑠美先生が喉頭外科、なかでも嚥下障害に強く惹かれた理由は、人間の生命活動における「食」の重みにあります。人間にとって「食べる」という行為は、単なる栄養補給ではありません。家族や友人と食卓を囲み、味を楽しみ、五感を満たすことは、人生の質(QOL)に直結します。
しかし、一度嚥下障害になると、誤嚥(ごえん)による肺炎のリスクから、多くの人が「口から食べることを諦める」選択を迫られます。上羽瑠美先生は、そうした絶望の淵にいる患者さんたちを目の当たりにし、「外科的な介入や適切なリハビリによって、もう一度食べられる喜びを取り戻してほしい」という強い願いを持つようになりました。
2025年に放送されたドキュメンタリー番組『情熱大陸』では、上羽瑠美先生の多忙を極める日常と、患者さんへの深い愛情が描かれました。番組内で特に印象的だったのは、上羽瑠美先生の徹底した「現場主義」です。
診察室での検査結果だけを見るのではなく、実際に患者さんが何を、どのように食べているのかを細かく観察します。時には厳しいリハビリを促すこともありますが、それはすべて「もう一度、アイスクリームが食べたい」「家族と同じ夕飯を囲みたい」といった患者さんの小さな、しかし切実な願いを実現するためです。
日常のふとした瞬間に起こる「むせ」。実は、それが体からの重要なSOSサインである可能性があります。嚥下障害は、自分でも気づかないうちに進行していることが多い疾患です。
以下の項目に心当たりはありませんか?これらはすべて、嚥下機能が低下しているサインかもしれません。
特に「声の変化」は重要です。飲み込んだ後に声がゴロゴロと湿った音に変わる場合、食べ物や水分が喉の奥(声帯付近)に残っている可能性が高いのです。早期発見が、その後の回復を大きく左右します。
嚥下障害が最も恐ろしいのは、命に関わる「誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)」を引き起こすからです。誤嚥とは、食べ物や唾液が食道ではなく気管に入ってしまうこと。気管に入った細菌が肺で繁殖することで炎症が起こります。
現在、肺炎は日本人の死因の第5位(2023年厚生労働省統計)にランクインしていますが、その大部分が誤嚥性肺炎であると言われています。特に高齢者の場合、一度肺炎を患うと体力が急激に低下し、寝たきりの原因にもなり得ます。
嚥下障害は高齢者特有のものだと思われがちですが、実は若い世代にも増えています。その背景にあるのが、現代人の「喉の筋力の低下」です。スマホの長時間使用による姿勢の悪化や、柔らかいものばかりを食べる食習慣、さらに会話の減少などが重なり、喉を支える筋肉(嚥下関連筋)が衰えてしまうのです。
また、過度なストレスから喉の違和感(咽喉頭異常感症)を訴えるケースも少なくありません。喉は非常に繊細な臓器であり、全身の健康状態を映し出す鏡でもあります。若いからといって「ただの風邪かな?」と放置せず、適切なケアが必要です。
『情熱大陸』の放送を通じ、多くの人が「人生の終盤における食のあり方」について考えさせられました。
多くの医療機関で「これ以上は無理です」「胃ろう(お腹に穴を開けて栄養を摂ること)にしましょう」と言われた患者さんが、上羽瑠美先生のもとを訪れます。
もちろん、すべての患者さんが元の通りに食べられるようになるわけではありませんが、「少しでも口から味わうこと」を目標にします。完全な経口摂取が難しくても、ゼリー一口だけでも味わうことができれば、患者さんの表情は劇的に明るくなります。科学的な根拠に基づきつつ、最後まで可能性を捨てない姿勢が、多くの人の心を打つのです。
もし家族に嚥下障害の疑いがある場合、周囲はどう接すべきでしょうか。上羽先生は「まずは気づくこと、そして焦らせないこと」を挙げています。食事を無理強いするのではなく、異変を感じたら早めに専門医(耳鼻咽喉科)を受診することが大切です。
受診を迷う時期として、「体重が減ってきた」「食事が進まなくなった」というタイミングが挙げられます。これらは単なる加齢ではなく、嚥下機能の低下が原因かもしれません。「まだ大丈夫」という過信が、重大な事態を招く前に、専門家の門を叩く勇気が求められます。
上羽瑠美先生の活動は、現代社会において見落とされがちな「喉の健康」に大きなスポットライトを当てました。私たちの体の中で、空気と食べ物の交通整理を行う喉は、非常に重要な役割を担っています。
東京大学医学部附属病院で上羽先生の診察を希望される場合、東大病院は特定機能病院であるため、原則として他の医療機関からの「紹介状(診療情報提供書)」が必要です。まずは近隣の耳鼻咽喉科を受診し、喉の状態を確認してもらった上で、「東大病院の摂食嚥下センター(または耳鼻咽喉科)への紹介を希望する」旨を伝えてください。
Q:嚥下障害の治療に保険は適用されますか?
A:はい、基本的に公的医療保険が適用されます。東大病院などで行われる精密検査(VE・VF)やリハビリテーション、手術治療についても保険診療の範囲内で行われます。
Q:高齢の親が認知症なのですが、嚥下治療は受けられますか?
A:可能です。認知症の方は症状の訴えが難しいため、周囲が気づいた時には進行していることも多いです。東大病院では、認知症などの合併症を考慮した上で、患者さんに負担の少ない方法を模索します。
Q:リハビリだけで治るものですか?
A:症状によります。軽度から中等度の場合は、嚥下体操やトレーニングで大幅に改善することがあります。一方で、喉の構造に原因がある場合は、手術を組み合わせることでリハビリの効果を最大化させることができます。