
ADHD(注意欠如・多動症)の特性は、社会の「ふつう」や「当たり前」とぶつかることがあります。でも、そもそも人の脳や行動は多様であり、一つの型に合わせることが正解とは限りません。最終回では、ADHDを含む多様な特性を前提とした社会のあり方を考えます。
学校では、時間を守る・静かに座る・順番を守るといった行動が求められますが、ADHDの子どもにとっては脳の特性上むずかしいこともあります。合理的配慮や個別の支援計画を通じて、「どうすれば学びやすくなるか」を一緒に考える姿勢が大切です。
大人のADHDでは、報連相のタイミングやマルチタスクが苦手に見えることがありますが、創造性や集中力、現場感覚などの強みが活きる場面も多くあります。成果の出し方は一つではないという視点が、多様な働き方を支えます。
ADHDの特性は、見た目ではわかりにくいため、誤解や孤立を生みやすい側面があります。だからこそ、当事者の声や物語が社会に届くことが大切です。映画『ノルマル17歳。』や当事者研究のように、「違い」を語れる文化が、共感の土壌を育てます。
ADHDを持つ人と共に生きるとは、完全に理解することではなく、わかろうとする姿勢を持ち続けることです。困りごとを責めるのではなく、「何があればうまくいくか」を一緒に探る関係性が、安心と可能性を育てます。
6回にわたって、ADHDの特性、脳科学的な理解、文化的な視点、才能、支援の工夫、そして共に生きる社会について考えてきました。ADHDは「困りごと」だけでなく、「違い」としての価値や可能性を秘めています。
このシリーズが、誰かの「わかってもらえたら」という願いに、少しでも寄り添うきっかけになれば幸いです。
岩波 明『発達障害』、高橋 長秀 医師の講演資料、当事者研究(小野和哉 ほか)、映画『ノルマル17歳。』、発達障害支援ガイドライン、教育・福祉・労働における合理的配慮に関する資料。