「うちの子にストロイドは使わないでください」
と母親は冷めた口調で言った。
「しかし、お母様」
と医者は小さな抵抗を試みたが、彼の弱々しい言い方では、どんなに物わかりのいい人間だって説得されることはなかったろう。しかも、こういった事態に医者は慣れっこになっているらしかった。法律的にも自分らの権限のなさをすっかり自覚しているらしく、すぐに母への説得を放棄してしまうのだった。
僕もほとんど観念していた。今日はこのまま家に引き戻され、母が新しく仕入れてきた酵素剤入りのクリームを全身に塗られ、痒みと痛みに耐えながらフトンに潜り込むことになるのだろう。(略)
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しかし僕をより苛立たせたのは、傍観している医者の中途半端な態度なのだった。母のステロイドに対する誤解を説き伏せ、この場を収拾するのが彼の仕事のはずなのに、あろうことか僕を売ろうとするのだ。
(『アトピッ子』斎藤範夫/2004年3月6日初版/株式会社健友館)
※母、医者、そして、この「僕」...皆の思いがあるのでしょうけど、誰もが納得していないようです(敏塾)