

この記事では、戦時中に起きた九大生体解剖事件の詳細、戦後の裁判の判決、NHKのドキュメンタリー番組や、東野利夫医師の著書を通じて語り継がれる「医学と倫理」について解説します。また、NHK『時をかけるテレビ〜池上彰「医師の罪」を背負いて〜』の放送内容に基づき、司会の池上彰氏、ゲストの鎌田實医師が向き合った戦時下の医師の倫理観についても触れていきます。
九大生体解剖事件は、1945年5月から6月にかけて、当時の九州帝国大学医学部(現・九州大学)で発生しました。撃墜されたB-29爆撃機のアメリカ軍捕虜8名が「医学研究」の名目で生体解剖され、全員が死亡した凄惨な事件です。この事件は、戦争という極限状態が医学倫理を完全に崩壊させた象徴的な出来事として、戦後長く語り継がれています。
終戦後、事件に関与した医師や軍人ら23名が横浜軍事裁判で戦犯として裁かれました。当初は多くの者に絞首刑や終身刑の判決が下されましたが、後の政治情勢の変化により、多くが減刑・釈放されました。この裁判は、単なる戦争犯罪の追及にとどまらず、医学教育における倫理教育の欠如を世界に問う重要な事例となりました。
NHKは、アーカイブス番組『時をかけるテレビ』などで、1990年制作のドキュメンタリー『医師の罪』を再放送しています。番組では、司会の池上彰氏と、諏訪中央病院名誉院長で医師の鎌田實氏が登場。かつて事件に関わった元学生らの証言を振り返りながら、医師が命を奪う側に回ってしまった背景を深く掘り下げています。この番組を通じて、事件の医学的・倫理的な教訓が現代の視聴者にも伝えられました。
当時、医学生として現場に居合わせた東野利夫医師は、生存者の一人として生涯をかけて事件の真相調査と語り部活動を続けました。彼の著書『汚名:「九大生体解剖事件」の真相』(文藝春秋、1979年)は、事件の内実を告発し、医学と倫理のあり方を世に問うた重要な記録です。東野医師は「戦争とは悲惨と愚劣以外の何物でもない」と説き、二度と同じ過ちを繰り返さないよう訴え続けました。
この事件を学ぶことは、現代の医学教育や社会においても極めて重要な意義を持ちます。
大学側は長年、組織的な関与を否定してきましたが、軍部と医学部の一部による計画的な実行であったとする見解が一般的です。
この事件をモデルにして書かれた代表的な小説です。後に映画化もされ、人間の罪の意識を問う作品として広く知られています。
九州大学医学歴史館には、この事件に関する資料が展示されており、医学部自らが負の歴史に向き合う姿勢を示しています。
九大生体解剖事件は、戦争が人間の良心をいかに麻痺させるかを示す痛ましい記録です。判決の歴史、NHK番組での再検証、そして東野利夫医師の著書『汚名』を通じて、私たちは改めて「命の尊厳」と「医学の使命」を問い直す必要があります。