「俺、昨日何して過ごしたっけ」「今日ご飯食べたっけ」と晃代に尋ねるようになる。腫瘍により脳内が圧迫され、津田の病状は悪化していた。身体の自由も少しずつ効かなくなり、記憶力も徐々に低下していった。「主人は私に心配をかけまいと思い、自分の殻にこもってひとりで闘っていたのかもしれません」
なぜあのとき、津田の気持ちを真剣に受け止めてあげられなかったのか。なぜもっと優しい言葉をかけてやれなかったのか。―それを思うと晃代はやりきれない。2年3ヶ月もの間、献身的な看病をしてもなお、後悔が先に立つ。
「自分の記憶がだんだんなくなっていく恐怖は物凄いものだったんじゃないかなと今さらながらに思います。大切な思い出、子供のこと、家族のこと、大事な人のことまでいつか自分が忘れてしまうかもしれないという恐怖は、想像を絶するものだったのではないかと」
(『もう一度、投げたかった~炎のストッパー 津田恒美・最後の闘い』山登義明・大古滋久/1994年9月24日第1刷/日本放送出版協会)⠀
【敏塾の100冊】記憶がなくなっていく怖さ、そして、その気持ちをどう受けとめたらよいか苦悩する家族...。どんなに献身的な看病をしても周囲には後悔が残る...。