日本のトレインドナースとして、以下の人物が挙げられます。
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大山 捨松(おおやま すてまつ):
「日本初のトレインドナース」と呼ばれる人物です。彼女は、岩倉使節団に同行した女子留学生の一人としてアメリカで看護教育を受け、帰国後、看護師教育所の設立に貢献しました。
高木 兼寛(たかぎ かねひろ):
東京慈恵会医科大学の創設者で、留学先のイギリスでナイチンゲールが確立した看護教育を目の当たりにし、深く感銘を受けました。帰国後、日本で最初の看護師教育機関である「有志共立東京病院看護婦教育所」を設立し、日本の近代看護教育の礎を築きました。
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大関 和(おおぜき ちか):
明治時代初期に看護師として活躍し、「明治のナイチンゲール」とも呼ばれています。看護という仕事が「賤業」と見なされていた時代に、専門的な知識と技能を身につけ、看護職の地位向上に大きく貢献しました。日本初の職業看護師の一人として知られています。
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これらの人物は、いずれも専門的な訓練や教育の重要性を認識し、日本の看護を黎明期から発展させることに尽力しました。
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<情報源>
大山 捨松(おおやま すてまつ):
「大山捨松の生涯と その時代の伝染病対策及び女子教育」
この文献は、大山捨松を「わが国初の Trained nurse″である」と記しており、彼女がアメリカで看護教育を受けたこと、および帰国後の活動について言及しています。
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高木 兼寛(たかぎ かねひろ):
「看護の歴史|東京慈恵会医科大学附属柏病院」
東京慈恵会医科大学の学祖である高木兼寛が、留学先のイギリスでナイチンゲールの看護に感銘を受け、帰国後に「日本で最初の、そして慈恵における看護教育」を開始したことが記されています。
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大関 和(おおぜき ちか):
「日本初の職業看護師、大関和。〝明治のナイチンゲール〟波乱の人生に迫る - 和樂web」
大関和が「日本で最初に専門的な知識や技能を身につけた『看護婦』となった」と紹介されており、「明治のナイチンゲール」とも称されていることが書かれています。
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「日本最初の「看護婦」大関ちか | 女子学院 中学校・高等学校 公式サイト」
看護が「賤業」と見なされていた時代に、大関ちかがその地位向上に貢献したことが記されています。
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「明治のナイチンゲール大関和物語」田中ひかる
看病婦が「賤業」とされていた時代に女性の経済的自立を目指して職業看護婦の道を切り拓いた女性たちについて書かれています。2025年NHK前期朝ドラ『風、薫る』の原案です。