年が明けて、『女優X』の出版のためのゲラの校正を終えた直後、その仕事と、そして目の痛みとみごとに入れ替わるように、ある奇妙な症状が私を襲った。忘れもしない1993年1月20日水曜の朝、54歳になってちょうど1ヶ月目、朝食後ふだんの通り書斎に入った私は、デスクの前に掛けて前日の原稿に目を通し、さてその続きを書き始めようとした。
ところが、そうしているうちに、腰が怠いようなつらいようななんともいえず頼りない感じで、腰掛けているという姿勢がどうにも耐えられなくなって立ち上がってしまったのである。
何回か坐り直してみるが、どうしても我慢出来ない。腰は痛くも痒くもないのだが、ただ腰掛けていることができない。
私は呆然となり、しだいに周章狼狽した。立ったままで、ホームドクターといった立場にいて下さる良永拓国先生に電話を掛けた。
(『椅子が怖い―私の腰痛放浪記』夏樹静子/2000年6月10日/株式会社文藝春秋)