塾長ブログ「一粒万倍」 - 社会人入試

『十四年十回のがん手術を生き抜いて』植松文江

「こんなに傷の近くにストマを開けたのは誰だ。やりにくい」
そんなことを話しているのが聞こえた。ストマ? 何のことだろう。もうろうとした頭で考えながら、目をやると、おなかの右の下のほうに、赤い梅干のようなものが2つ出ていて、そこへビニール袋の口を貼りつけているのだった。いったいどうなってしまったのか、まるで分からなかった。(略)

1、2時間すると、袋に何やら液体がたまって、おなかが重くなったので、ベルを押した。看護婦さんがノウボン(ステンレス製の入れもの。あごにあてると、こぼさずに、うがいの水などを吐き出せる)を持ってやってきた。袋にたまっていた液体は、ノウボンに空けられた。

 私はとうとうこんな体になってしまった。体に開いた梅干しのような穴から、液体が出ていく。私は絶望感にうちのめされていた。

 ストマの正体を夫から聞いた。ストマとは、ふつうは大腸の人工肛門を言うが、私のストマは、小腸のストマだった。

 開腹手術では、繋いだ腸がはずれていたことが判った。腸から漏れ出した腸液はおなかの中に広がっていた。これが毒素となったら大変である。そこで、おなかの中を2万CCもの生理的食塩水を使って洗浄したという。はずれていた腸は切り離し、小腸の切り口と大腸の切り口とをおなかの外に出した。これが、ストマであった。
(『十四年十回のがん手術を生き抜いて』植松文江/2004年2月初版/株式会社光文社)


【感想】言葉にならないほどの衝撃と絶望だったと思います。自分の身体が知らないうちに別のものになってしまったような...。赤い梅干しのようなものが突然現れ、液体が袋にたまっていく。「とうとうこんな体になってしまった」という言葉には、深い喪失感がにじんでいます。(敏塾)

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